「奇跡」の体育祭

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今日はO中学校の体育祭でした。数年前の荒れていた状況からすれば、「奇跡」のような体育祭だった。
 
ここ数年、「荒れ」の文化に覆われていた時期には、「むかつく」「死ね」「うざい」という耳障りの悪い言葉が、校内の日常にあふれていた。授業の時間になっても子ども達は、教室に入らなかった。先生達が懸命に向かい合っても、聞く耳を持たなかった。
あれから、二年。学校はずいぶん変わった。2013年体育祭では、生徒は大声で仲間をそして後輩を応援をしている「頑張れ」「よくやった」と声をかけている。「急いで!」と先輩達が後輩を整列させている。集合競技の入退場も早く走って整列し、お互いに自然に、心地よい声をかけている。
 体育祭で、競技や応援に頑張るのはどの学校でも同じだ。しかし、競技中の仲間への応援や、入退場の子ども達の動きが自然に、自発的に極めてスムーズにできているのは、なかなか出来ないことだ。生徒達が一生懸命取り組む姿や、様々な場面で「想いやり」と「真剣さ」がみえる子ども達の姿を見て、思わず涙がでた。 

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 少なくとも二年前にこの状況が見れるということは、誰もが予想できなかったと思う。「奇跡」の体育祭という言葉が、心の中でぴったりと当てはまった。。
 この数年間の状況を言えば、「学級崩壊」を超え、「学校崩壊」と言ってもいい状況が生じていた。学校内で、先生達が子どもとすれ違えば「死ね」「うざい」ということばを浴びせられていた。
きっと「愛しているという言葉の裏返しなんだよね」と先生達にお話ししたことを思い出す。
 
生徒達の一部は、先輩と称する高校生や若者と一緒に近所の神社に毎日のようにたまっては、ゴミを放置し、喫煙の跡が目撃された。さらに、町内会館のかべやガラスの破損も相次いだ。人数も30名を超えていた。
そういった時に、地域の大人達も毎日のパトロールを始めた。はじめは「あいつらはとんでもない」という意識で子ども達と向き合っていた大人達も、何度も何度も声をかけ、関わっているうちに「子ども達も結構面白いところもある」「町であったらあいさつをしてきた」という言葉がきかれるようになった。ガマン比べのような日々が続いた。
学校ではPTAの方達が中心となって、毎日の登校指導と、校内クリーン活動を始めた。なにより、教育委員会の指導主事の皆さんが入れ替わり立ち代わり、授業の支援に入っていただいた。先生方は授業の質の向上にと、授業改善に心がけた。一方で、警察の児童指導担当の方の指導も受けた。
先生方やPTA、地域が総掛かりで、子ども達の教育環境の整備にきちんと向き合ってきた。さらに、子ども達自身が少しづつ変わって行った。そういった諸々の関わりの中で、今のO中がある。2011年度の卒業式、2012年度の卒業式とそれぞれの感動があり、フィナーレを迎えるたびに、学校の空気が変わって行った。とりわけ、管理職の先生方の果たした役割は大きかった。

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私の息子も、今中学校2年生になる。学校選択時に、O中か、T中か悩んだ一人。だが、先日息子が学校のことを話していて、「O中に行ってよかった。」「O中の仲間が最高だ。先生もみんないい先生だよ。」とぼそっと言った。「仲間がいて、先生がいて、学校がある。」当たり前の本当に当たり前の環境が、学校によみがえったのだと感じた。
今日も真っ黒になって、大縄跳びを回して160回飛んだ。といって、手の血豆を見せてくれた。「頑張ることが、素晴らしい」「友達と先生とその頑張りを共有したい」という気持ちが嬉しい。
体育祭終了まぎわに、卒業生が何人もやってきて、テントを片付けてくれたり、グランドの補修をしてくれた。彼らもまた大楠中が好きなんだと思った。 ありがとう。

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